罪悪感を持ち続ける意味

罪悪感って、本当に厄介だよなぁと思うんですが

例えば
子供の頃、お母さんが忙しくてしんどそうだったから、子供心にお母さんを助けたかった。でも思うようにサポートしてあげられなくて、今でも当時の申し訳なさ、できなかったな、約に立てなかったなという感覚が残っている。

こんなお話がカウンセリング中に出てくることがあります。

そうすると、大人になった今「お母さんの役に立てなかった私」という自己イメージが、色んなところに影響を及ぼすことがあるのです。

仕事でハードワークになって容量オーバーになるほど働いてしまったり、また、過去の自分を知られてしまうことが怖くて、人と深い話をするような関係性になることを恐れたり・・・そういった影響が出てくることがあります。

実際のところは、自分が理想として期待しているほど「私は役立つことができなかった」という当時の子供としての目線の話なので

大人からみたら、もしかしたら違うかもしれないし、別の点で役に立っていたかもしれない。

でも、「役に立てなかった私」というように、ネガティブな価値を自分に載せてしまうと、そこから負のループに入ったまま抜け出せなくなります。

他にも、例えば旦那さんが毎日忙しくて仕事が大変でぶつぶつ愚痴を言っているような状況の時、奥様である自分は、大好きな習い事に出かけようとしていたとします。

旦那さんが大変なときに私だけ楽しいことして申し訳ないな~と感じる人は多いかと思うんですが、でも、罪悪感を感じていても、案外自分の行動は変わらなかったりしますよね。

申し訳ないとは思うけど、大好きな習い事はやめたくないから行く。ということは、罪悪感よりも、習い事やりたい!の気持ちの方が勝っているわけです。

先程の、お母さんの役に立てなかった子供の例をとってみても、申し訳ないという罪悪感を持ち続けることはしても、そこから何かアクションを起こすわけではないと思うんです。

補償行為として、別のことを頑張って役に立とうとするかもしれませんが、あくまで補償行為なので、自分がやりたくてやるような本質的なことではないんですよね。

罪悪感があってもなくてもじつは行動は変わらない。

そうだとしたら罪悪感を持つ意味ってなんだろう?と。

罪悪感を持ち続けて自分を許さないことで、どんなメリットがあるのでしょうか?

罪悪感を手放そうとしても、それができないとき、心理的には何らかのメリットがあると考えます。

罪悪感が取れちゃうと悪い妻になってしまう気がするとか、罪悪感があったほうが良い人っぽいとか、罪悪感がなくなったら何か別のことに向き合わなければならないとか、やらなければならないことができるとか

何かありますので、直感でいいので、私の場合はなんだろう?って考えてみてくださいね。

本人は罪悪感を感じているんだけど、周りの人は気にしていないということが多いんですね。もしかしたら自分が自分のことを許していないだけかもしれません。

できれば罪悪感を握りしめることよりも、心の底からお母さんを助けてあげたかったこと、旦那さんと一緒に楽しく笑っていたいと思っていること。

そんな、自分自身の想いを汲み取ってあげて、まるごと自分を受け入れて許してあげたいものですね。

もし罪悪感を手放したときに、別の何かに直面することになるなら、そちらが、自分の取り組むべき課題であり、罪悪感は本当のテーマを隠すダミーである場合もあります。

罪悪感を持ち続ける意味、ぜひ考えてみてくださいね。

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この記事を書いた人

高見綾|第一線で働く女性リーダー専門・心理カウンセラー

職場や人間関係の摩擦、距離を置かれるような変化を心理の視点で整理しています。

自分を味方にする「セルフバディトレーニング」を軸に、書き出しと対話を通して感情と思考を整理し、仕事の質を落とさず「私はこれでいく」と判断できる状態をサポートしています。

カウンセリング実績4,000件以上。
著書『ゆずらない力』(すばる舎)
NHK「あさイチ」、読売新聞「発言小町」などメディア協力多数。

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