薄々わかっていたけど認めたくなかったこと

最近色々な気づきがありました。

その中であらためて、私って、「薄々わかっていたけど、認めたくなくてフタをしていたこと」が多いな、って思いました。

「どうも自分はこういう傾向があるな」と気づいていながら、心底受け入れてはいないから何回でも、認めなさいよ~みたいな流れがやってくるんですよね。

何回でもやる往生際の悪さに我ながら笑ってしまいます。

心も反応していて、こっちが楽しいって言ってるのに、いやいや、こうあるべきという理想と違うから、ってフタをするというパターンって意外とあるんじゃないでしょうかね。

人によってはそれが本当は恋愛が大好きで、パートナーと幸せを共有することや家族をつくることにかけがえのない喜びを感じるのに、本当は女っぽい女なのに大好き過ぎてハマったら怖いから、普段は恋愛なんてね~なフリをして仕事をバリバリやる自分、サッパリした自分以外は認めていなかったり。

人に無関心、人はめんどくさいから付き合いたくないと言いながら、なぜか人のことで悩み悶々とする。

本当は人が大好きだったりしませんか?なことも。

きっと同じことをやるにしても、そういう本当の自分の姿を自覚してやるのとスルーしてやるのとでは結果が全然違ってくると思いますね。

こうでありたい、という理想の自分像は心が喜ぶことではなく、頭が考え出した「こうあるべき」の産物なのかもしれません。

すると、理想の自分に運よくなれたとしても、頭は満足しても、心は喜ばないからなんだかちぐはぐした感覚になって「私の実現したいことって、本当にこれだったのかなぁ?」とまた悩むことになるかもしれません。

良い悪い、こうあるべき、という頭の考えをとっぱらって、心が喜ぶこと、体が嬉しいと反応することに注目してみると、

自分が本当に欲しいものが見えてくるかもしれませんね。

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この記事を書いた人

高見綾|第一線で働く女性リーダー専門・心理カウンセラー

職場や人間関係の摩擦、距離を置かれるような変化を心理の視点で整理しています。

自分を味方にする「セルフバディトレーニング」を軸に、書き出しと対話を通して感情と思考を整理し、仕事の質を落とさず「私はこれでいく」と判断できる状態をサポートしています。

カウンセリング実績4,000件以上。
著書『ゆずらない力』(すばる舎)
NHK「あさイチ」、読売新聞「発言小町」などメディア協力多数。

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