悪口にも清々しいものとそうじゃないものがある。

最近は、自分の中のネガティブさを受け入れることがテーマのカウンセリングが続いていますので、本日は悪口について書いてみたいと思います。

あえて悪口と書いてみましたが、悪口といっても、何を悪口というのかは判断が分かれるところですよね。

ただの文句とも言えますし、毒舌なだけかもしれませんし、単なる嫌だという意見の表明だといえるかもしれません。

わたしは前は「悪口=言っちゃダメ」だと思っていたんですが、あるとき出会った友達が結構悪口を言う人だったんです。

でも不思議なことにそれを聞いていても全然嫌な気分にならないんですよ。むしろその子のこと大好きでした。

「あれ、おっかしいな~」と思いながら、なんでだろうと考えてみたんです。

その子の言う悪口はOKだけど、違う子の言う悪口はNGだったりしたので、聞いていて嫌な気分になる悪口とそうじゃない悪口があるような気がしたんです。

ひとつに罪悪感の有無が関係していると思います。

罪悪感がない状態で言うものは、聞いていても清々しくて雰囲気が軽いんですよね。

反対に、罪悪感まみれで言うと、なんだか重い空気をまとってどよーんとしてきます。

また、シンプルに自分の好き嫌いの表明として言う悪口はあっさりしていて軽いですよね。

一方で、相手を責めるようなニュアンスが含まれていたり、悪口に伴う自分の感情の責任を自分で引き受けずに相手に丸投げするような場合は空気が重くなります。

悪口にも色んな種類があるんだな~ってわかってから、必ずしも「悪口=言っちゃダメ」ではない、と思うようになりました。

言いたくなったら言えばいいんです(時と場合は選ぶ必要がありますけどね)。

むしろ、そういうネガティブなものを自分に許していくことが大事なんじゃないかと思うんですよね。

というのも、「悪口は言っちゃいけない」とか「怒ってはダメ」とか「ネガティブなことを考えちゃう
自分が嫌」とか、そういうルールを自分に課すことによって、しんどくなっている人に結構たくさん出会うからなんです。

いつも聖人君子でいるのは無理ですし、そもそも人間として生まれた時点で完璧にはなれません。

文句のひとつでも言いたくなる時があったっていいじゃないですか。それくらいが健全な状態ですよ。

良いものも悪いものも全てがあるのが自分という存在です。

両極端な自分をどこまで受け入れられるか、ですね~。

要らない罪悪感はポイッと捨てちゃいましょう。

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この記事を書いた人

高見綾|第一線で働く女性リーダー専門・心理カウンセラー

職場や人間関係の摩擦、距離を置かれるような変化を心理の視点で整理しています。

自分を味方にする「セルフバディトレーニング」を軸に、書き出しと対話を通して感情と思考を整理し、仕事の質を落とさず「私はこれでいく」と判断できる状態をサポートしています。

カウンセリング実績4,000件以上。
著書『ゆずらない力』(すばる舎)
NHK「あさイチ」、読売新聞「発言小町」などメディア協力多数。

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